05 稲村ケ崎、伝説の道。

鎌倉に幕府をつくったのは源頼朝だが、鎌倉を攻め滅ぼしたのは誰か?答えは、新田義貞である。幕府の御家人だった義貞は、上野(こうずけ)で兵を挙げ、軍を三方に分けて鎌倉へ進撃した。しかし、自然の要害で守りも固かった鎌倉を正面から攻めるのは難しいと考え、海岸から攻める奇策を練った。この時、義貞は黄金づくりの刀を海へ投げ入れて龍神に祈ったので、潮が引いて攻め込むことができたという伝説が残されている。 

普段の稲村ガ崎公園。天気がよければ、富士山が見える
普段の稲村ガ崎公園。天気がよければ、富士山が見える

ところで、稲村ガ崎で開催される伝説のサーフィン大会をご存じだろうか? 2013年9月26日に24年ぶりに開催された「稲村クラシック」である。1989年の前大会以来、開催にふさわしい波が来なかったため、伝説のサーフィン大会と呼ばれていた。開催当日は、平日にも関わらず、海水が打ち寄せるギリギリまで人、人、人。約3千人が集まったという。 新田義貞が鎌倉を攻めた道は、サーファーが海へ向かう伝説の道でもある。

伝説のサーフィン大会「稲村クラシック」の様子
伝説のサーフィン大会「稲村クラシック」の様子
2013年「稲村クラシック」
2013年「稲村クラシック」波打ち際まで人、人、人

伝説のサーフィン大会「稲村クラシック」は、2013年の開催以降、見合わせが続いている。それほど希少価値のある大会なのだ。

材木座から見た稲村ケ崎、夕景 2018年7月
材木座から見た稲村ケ崎、夕景 2018年7月

稲村クラシック当日の映像です


鎌倉の大仏

 

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